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本当に困っている人のための民生葬、福祉葬

経済格差といえば、生活保護受給者など、費用が一切出せない人はどうしたらいいのだろう。その場合は、「民生葬」と呼ばれる制度を利用することができる。生活保護を受けている人が対象だが、自治体が支給する葬祭扶助(七万〜一七万円程度)の範囲内で指定業者が行う葬儀である。家族がいれば家族の手で。身寄りのない人の場合は、地域の社会福祉主事や民生委員が協力することになっている。葬祭扶助が出るのは、遺体の検案、霊柩車、棺、火葬、納骨の費用だけであるため、祭壇も遺影も読経もない、いたってシンプルな葬儀である(「直葬」に近いスタイルといえるだろう)。補助金の範囲内ゆえ制約が多いのも事実のようだが(家族や親戚が供花をしたりすると、お金があると見なされ、扶助が下りなかったりすることもあるらしい。それもひどい話である)、この範囲内ならいちおう一円もかからない。また、最近では、一般の葬儀社やNPO法人の中にも「福祉葬」などの名目で民生葬と同じ程度の葬儀を請け負うところが出てきている。生活保護世帯でなくても、健康保険組合の葬儀補償金(加入者本人の場合は給与のひと月分が目安)や国民健康保険の葬祭費などを活用し、できるだけ持ち出しを抑える方法だ。こちらは多少のアレンジも可能。いざとなったらこの手がある、と思えば少しは安心できる気がする。「しきたり」がどうだ「決まり」がどうだという前に、こういう葬儀もあることも知っておきたい。

人間の誕生が聖なる行為であるという原初的な感覚

香川県三豊郡では、母子に一膳ずつ供えて見舞いの人にも食べてもらった。この場合多くの人に食べてもらうと出世するともいっていた。これらは全国に共通する事例ばかりであるが、いずれも戦前までは行われていた。ウブガミに供えられた米飯を共食することに意味がある。ウブガミの加護を米飯を通して得られると考えたのである。出産直後の不安な母と子にとっては、ウブメシの呪いはどうしても必要だったのである。愛知県北設楽郡では、子どもが生まれるとまず茶碗に箸をそえて祀った。この神は氏神様を掃ききよめる帯神様だという。高知県長岡郡では、七夜まで毎日床の間にオブノ神様を祀った。お初穂と雑魚、そして雨垂れの小石二つを洗ってから膳にのせて供えた。とくに血のケガレがあるために他の神々は拝まないけれど、この神様だけは祀ったといっていた。くりかえすように、ウブガミは血のケガレをまったく気にしていないことが一つの特徴である。血穢の不浄をもちこまないというのは、人間の誕生が聖なる行為であるという原初的な感覚に支えられているのである。

「うっそ!」「私的には〜」は格下げワード

仕事の場では正しい言葉を選んでいくら容姿端麗な女性でも、言葉を発したとたんがっかり、ということがある。私は仕事柄さまざまな会社に出かけるが、セミナーを行ったあとで社員食堂を利用させてもらったとき、きれいだなと壇上から見ほれていた女性が「うっそ!マジ?」「だもんで」「ヤバくない?」「私的には〜」と、見た目とそぐわない言葉を連発するのには残念でならなかった。見た目の次には、「聴いた目」が重要だ。自分の格を下げるNGワードに注意し、ふだんからきちんとした言葉づかいを心がけよう。格下げワード「っていうか〜」「マジ?」せめて公の場では控えて。「ヤバくね?」いつまでもギャル気分は困りもの「私的には〜」日本語にはそのような表現はない。「うっそ〜!」何でもかんでもこの形容詞ではボキャブラリーがなさすぎ。